大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和37年(う)433号 判決 1962年12月04日

控訴人 被告人 桐島和美こと李建和

弁護人 林武雄

検察官 金丸歓雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

但し本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人林武雄の控訴趣意書に記載されているとおりであるからここにこれを引用するが、これに対し当裁判所はつぎのように判断する。

控訴趣意第一点について

所論に鑑み記録を精査し、原判決挙示の各証拠及び原審及び当裁判所が取調べたすべての証拠を仔細に検討すると、被告人の原判示犯罪事実は原判決挙示の各証拠によつて優にこれを認めることができ、その認定に誤認ありとは認めがたい。すなわち被害者たる内田、坂本の両名は泥酔していたとはいえ、夜間一面識もない被告人の居宅の扉を開いて侵入し、飯場をぶち壊すなどと大声でわめきたて、被告人の制止もききいれず土間から居室へ土足のまま上ろうとして被告人のため両名とも屋外へ押しだされるや、両名で被告人に殴りかかり、内田の如きは松丸太をもつて被告人を殴打しようとしたが、これをかわした被告人がすばやく同人の手から右松丸太を奪いとつたのに、内田がさらに手拳で殴りかかつてきたので、被告人もやにわにその丸太をもつて内田の頭部を数回殴りつけてこれを転倒させ、さらに坂本が被告人の急を聞いて駈けつけた被告人方飯場の中村繁之ともみあつている背後から坂本の頭及び足を数回殴打し、内田を硬脳膜外出血による脳圧迫症で死亡するにいたらしめ、坂本に対しては加療二週間を要する後頭部挫創、足打撲傷の傷害を負わせたものである。してみると被告人の行為はその居宅に侵入してきた被害者両名の暴行に対し、その侵害を排除するため行われたものであることは所論のとおりであるが、被告人が内田の手から奪取した松丸太で被害者両名を夫々一回ならず数回も殴り、しかも内田に対しては頭部をめがけて殴打していることなどの具体的事情からみて、その反撃はやはり原認定のように相当な程度を超えたものと認めざるを得ない。ところで、盗犯等の防止及び処分に関する法律第一条第一項は、その第三号所定の住居の不法侵入者を排斥せんとする場合において、自己又は他人の生命身体等に対する現在の危険を排斥するため犯人を殺傷したときは、刑法第三六条第一項の防衛行為ありたるものとすと規定しており、同条項が正当防衛に関する刑法第三六条第一項所定の要件を緩和した規定と解すべきか否かについては論議の存するところである。しかしながら、盗犯等の防止及び処分に関する法律第一条第一項はその各号所定の場合においても、刑法第三六条第一項の「已むことを得ざる」にいでたことを当然に要件としているものと解するのが相当である。果してそうだとするならば、被告人の本件行為は前記の如く、不法に人の住居に侵入した者を排斥せんとして、自己の生命、身体に対する現在の危険を排除するため、被害者を殺傷したものであるから、盗犯等の防止及び処分に関する法律第一条第一項第三号の要件を形式的には充足しているけれども、いわゆる相当性の要件を欠如し、防衛の程度を超えたものとして、刑法第三六条第二項の過剰防衛と認めるほかなく、これと同趣旨にいでた原認定は相当であつて論旨ば採用できない。

控訴趣意第二点(量刑不当)の論旨について、

記録をしらべ、当審における事実取調の結果を参酌するに、被告人の本件犯行により被害者内田の春秋に富む尊い一命が失われるというとり返しのつかない重大な結果を招来したことなどからみると、原審が被告人に対し懲役二年の実刑に処した量刑の措置ももとよりこれを首肯し得られないではないが、そもそも本件犯行の動機は前記のごとく被害者両名が泥酔して夜間一面識もない被告人方に不法に侵入し大声でわめきたて、被告人の制止もきかばこそ、土足で居室に踏みこもうとするような狼藉をはたらき、剰え被告人のため戸外に押しだされるや、両名で被告人に殴りかかり、内田のごときは松丸太をもつて被告人を殴打しようとしたことに端を発しているのであつて、被告人の防衛行為にも程度を超えた遺憾の点があつたとはいえ、非はまつたく一方的に被害者両名にあつたこと、被告人は平素素行の上にこれという不評のない真面目な青年であるのに対し、被害者等は両名とも酒癖が悪く、酩酊すればとかく常軌を逸した行動にいで、飯場の同僚などからもてあまされていた者なること、被告人は被害者内田の遺族に対しては慰藉料を支払い誠意をつくしているのみならず、本件による身柄拘束のうちにすでに十分な反省をとげ、改悛の情顕著であつて再犯の虞なき者なること、その他諸般の情状に鑑みれば、被告人に対してはいま直ちに実刑を科するより刑の執行を猶予することが刑政の本義にかなうものとおもわれ、この意味において原審の右量刑はいささか重きに過ぎるものと認められるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないので、刑事訴訟法第三八一条、第三九七条第一項により原判決を破棄するが、本件は同法第四〇〇条但書により直ちに判決するに適するものと認め、当裁判所においてさらに判決する。

原裁判所が認めた罪となるべき事実に法律を適用すると、被告人の原判示内田に対する所為は刑法第二〇五条第一項に、坂本に対する所為は同法第二〇四条、罰金等臨時措置法第二条第三条に各該当するところ、後者の罪については懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条第一〇条に則り重い前者の罪の刑に同法第一四条の制限にしたがい法定の加重をなした刑期範囲内において被告人を懲役二年に処し、前記のような情状刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二五条第一項に従い、本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、なお原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人にこれを負担せしめることとし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小林登一 判事 成田薫 判事 斎藤寿)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例